第五話 いそぎんちゃく

15.脱


 小船は、洞窟に入ってすぐのところで止まる。 浅瀬で船底をすったらしい。 

 老漁師とジャックは船縁を跨ぎ、つんのめって浅瀬に飛び込んでしまった。 正気が残っている為か、体がうまく

動かないようだ。

 「ちきしょう……うわ、なんだこりゃ」

 ジャックは、砂でも石でもない、奇妙な柔らかさの海底に手を突いてしまい、悪態をつく。

 「こかぁ、『いそぎんちゃく』の中だぁね……」

 老漁師が顔を拭いながら陰気に呟いた。 そして年の離れた二人は、操られるように奥へ進む。


 目が慣れるにつれ、洞窟の中の様子が見えてきた。 赤黒く湿った壁は、複雑な襞で覆われ、内臓の様に見え、

それが緩やかに動いている。 しかし、他に動くものは無い。

 オイデ……オイデ……

 『いそぎんちゃく』の声が、洞窟の奥から聞こえ、いや、感じられる。

 「くそ……何をする気だ」

 「決まっているだぁね。 『ナニ』をするだ、覚悟決めるだ」

 老漁師は下品なだみ声で笑った、顔には絶望の色が濃い。

 「先の無い手前と一緒にするな!」

 ジャックは怒鳴り散らした。

 「へっ、若造……ぐうっ?」

 老漁師が足を止めた。 ジャックはそちらを見て、凍りつく。 洞窟の床から赤いものが生え、老漁師の体に手をかけている。

それは、人の手の形をしていた。

 ア……ハァ……

 手に引きずられるように、洞窟の壁と同じ赤い色の女が生えてきた。 女は上半身だけを覗かせて、老漁師の

下半身を抱きすくめ、薄汚れたズボンにほお擦りをしている。

 「ひ……ひぃ」

 老漁師のズボンが、外からわかるほどに膨らんだ。 と、布の裂ける音がして、年の割には立派な物が弾けた。

 ハア…… 

 赤い女は舌なめずりをすると、老漁師自身を咥えた。 膨れた頬が、中身を咀嚼するように蠕動する。

 「ひ……へぇ……」

 老漁師の顎ががくんと落ちた。 そして頬の辺りがだらしなく緩む。 赤い女の舌が、熱い粘りとなって老漁師自身を

包み込んでいた。 ゆっくりとした動きで深い快感を刻み込む舌が、消えたはずの残り火を灰から掘り起こして燃え上がらせる。

 「あ……あぁぁ……」

 じわり、じわり、抵抗できない快楽が粘液の様に竿を伝わってくる。 これが腰にまで来れば、彼は少年の様に

精を放ってしまうだろう。

 ”ソウナリタイ……イッテシマイタイ……でしょう……”

 『いそぎんちゃく』の声が次第に鮮明になってくる。

 ”いかせてあげる……そして私の虜なるがいい……”

 「い……いへへへ……」

 『いそぎんちゃく』の囁きが、甘美な誘惑となって老漁師の頭に染みとおってきた。

 「へ……へ……へぁぁぁ……」

 ドクリ……ドック、ドック、ドック……

 魂が震えるような絶頂感、続いて命を吐き出すような彼自身の白い雄たけび。

 ”へー……”

 老漁師は白目を向き、そのまま仰向けにばったり倒れた。


 「ちっ、何してやがる」

 ジャックは冷たく言い放った。 彼の下半身にも赤い女が絡みついているが、ウエットスーツの外から愛撫されても

たいして感じない。

 「じいさんは、くたばっちまったか? あっちに注意がいっているうちに……ひっ!?」

 突如、両足に違和感を感じた。 太ももを何かがなで、それが次第に上がって来ている様だ。

 「スーツは脱げてないよな……」

 赤い女は下半身を抱きすくめたままじっとしているが、それとは別に何かが彼の肌を撫でている。

 「み、見えない『いそぎんちゃく』? ゴムのスーツを通して触れるのか? あっ!」

 彼の両足を捕らえるように赤い床が盛りあがり、そしてスーツのズボンが波打つように動いていた、中に何かが

いるかように。

 「す、スーツのなかに! あ……あぁぁぁ……」

 ずるずると、粘る物が体を這い登ってくる。 粘る愛撫に下半身が包まれ、さらに上にあがって来るのが判る。

 「よせ……やめ……」

 不気味なはずの感触が、異様に心地よく感じられる。 ジャックは立ち尽くし、陶然とした表情でその感触に

心奪われていく。

 「あ……あ……あぁ……」

 ウェットースーツが膨れ上がり、ジッパが音を立てて弾けた。 下から現れたのは赤い女と同じ質感の皮膚。 

ジャックは、着ぐるみを着せられるように、『赤い女』包まれつつあった。

 「あー!」

 ウエットスーツがはじけ飛ぶのと、ジャックが赤い女に包まれるのが同時だった。 そして、『赤い女』の姿となった

ジャックは、そのばに尻もちをつく。

 ”ウフフ……さぁ楽しい夢をみましょう……”

 「な……ひぎぃぃ!?」

 『赤い女』は胸を弄り、秘所を慰める、ジャックを包んだまま。

 「や、やめて……」

 女の指がジャック自身にも届いているのか、粘る愛撫が男根を妖しく弄ぶ。 そして、同時に感じる胸の温かみと、

腹の中に感じる熱い感覚は……

 ”ああ気持ちいい……貴方も感じて……”

 『こ、これはお前の……やめ……やめ……やめないで……』

 体の自由を奪われ、制御できない快感に翻弄されるジャック。 頭の中ぼーっとしてきた。

 『蕩けそう……』

 ”いいわよ……蕩けて……身を任せなさい……”

 『いい……いい……気持ちいい……』

 ふわりとした暖かさが全身を包む。 それはたちまち灼熱の快感になり、ジャックの中を熱い快楽で満たした。

 ”いく……ぅ”

 ヒクヒクヒクヒクヒク……

 ジャックは体が全体が脈打ち、精を放つのを感じた。 やがて、体が鉛の様に重くなり、床にのめり込む。

 ”……”

 『赤い女』は、ジャックの体から流れ落ちるように離れて床に消え、後には裸のジャックが横たわっていた。


 オイデ……サァオイデ……

 再び声が響いてきた。

 ジャックはのろのろと体を起こす。 魂を抜かれたようなうつろな目で奥を見据え、ふらりふらりと歩き出した。

 後には老漁師だけが残された。

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